小耳袋「新耳袋 呪い・因縁」のタブー
怪談ライブで聞いた公に発表できない話、印象に残った話などを忘備録もかねて共有・紹介していこうと思います。
名付けて「小耳袋」。お楽しみいただけたら幸いです。
10年以上前に著者から直接うかがった話。
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新耳袋「呪い・因縁」のタブーに関する疑問
新耳袋の愛読者ならご存知だと思いますが、新耳袋には「祟りや因果にまつわる話」は収録されていません。
それは新耳袋の「あとがき」の中で何度も繰り返し触れられています。
- 第一夜
- ところで、あえてここには収録しなかった話が多数ある。
祟りや因縁にまつわる話は極力排除しているし、UFOに関する話も入れなかった。
(UFOに関する話は、後の「第四夜」で収録している) - 第二夜
- この約束事の“禁じ手”とは、呪い、祟り、因果のみで語られる内容の話を収録しないことである。
筆者の安全のためだけではない。三百、四百と話を集めていけば、「人に伝えるべきではない」と直感する話が必ずあるのだ。 - 第五夜
- 本書は第一夜以来、ある理由により「祟りや因果にまつわる話」は封印しています。
同じように、お話くださったみなさんのお気持ちをいたずらに乱すこともこの本の趣旨ではありません。
「祟りや因果にまつわる話」と言われても、私は具体的にどのような話なのか、まったくイメージが掴めませんでした。
日本昔話のような、神聖な場所やものにいたずらをして祟りにあう、というような話なのだろうか?と思っていました。
「呪い・因縁」のタブーの答え
あるとき、著者と直接話す機会があったのでこの疑問をぶつけてみると、このような話を教えてくれました。
代々鰻屋を営んでいる家は、眼が悪くなる人が多いという。
通常、鰻をさばくときは必ず生きた状態でさばく。(死んでからさばくと身が生臭くなるため)
そして、暴れる鰻を固定するために「目打ち」といって目や目の近くに千枚通しのようなものを突き刺す。
まな板の上に乗せられ、鰻は「やめて。殺さないで。殺さないで」と生きようと必死に暴れる。
そんな鰻の目を突き刺し、生きたまま毎日何匹も鰻をさばいていたら、いくら小さな生き物でも恨みの念が積もってゆく。
その積もり積もった恨みの念で、眼が悪くなってしまうと言われている。
知り合いのある女性は、足のかかとにニワトリの蹴爪のようなものがかすかに生えているらしい。
彼女は「私の家、養鶏場やってんねん。だからこんなん生えるの」と教えてくれた。
この話を聞いて「呪い・因縁」のタブーについて心から納得することができました。
これは扱いを間違えると、特定の職業についての偏見や差別と取られかねない話になってしまいます。
当たり前のことですが、ここで示された話の方は、好きで生き物の命を奪っているのではありません。
職業としてやむを得ずされているだけです。
この方たちのおかげで、私たちは自らの手で生き物の命を奪うことなく、食べ物をありがたくいただくことができています。
普段何も思わずに新耳袋を読んでいましたが、生と死を扱う怪談だからこそ、このような配慮が必要になるのだなあと改めて感心したエピソードでした。
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